【鬼滅の刃】鬼狩りは法律的には殺人か?
鬼滅の刃、刀鍛冶の里編の映画が公開中です。
主人公の竈門炭治郎は,鬼殺隊と呼ばれる鬼狩り目的で結成された組織で戦う鬼狩りで,作中でもバッタバッタと鬼の首を切りまくっている訳ですが、相手が鬼だからって理由で無闇やたらに殺していいもんだろうか。
鬼狩りという名の程のいい殺人では?
ということで、今回のテーマは「鬼を狩るのは法的には殺人にはならないのか」というお話です。
フィクションを生真面目に法的解釈するコラムなので,気楽な気持ちで読んでください笑
殺人罪ってどういう罪なの?
刑法には,殺人について以下の通り定められています。
刑法199条
人を殺した者は,死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。
はい。実にシンプルですね。非常にわかりやすい。
鬼は法的に人間でないと言えるのか
わかりやすいんですが,今回のテーマを考えるにあたっては「鬼って法律的には人間なの?」というところが問題になってきます。
鬼が法的にも人でないなら切って全く問題ないですからね。
ここで、作中に出てくる鬼のことを確認すると、鬼は自然発生的にどこかから湧いてきているわけではなくて,鬼舞辻無惨の血を注ぎ込まれた元人間です。
じゃあ人間じゃないじゃん,切ってOK!となりそうなんですが,そうもいかないのが法律の面倒くさい難しいところです。
あの世界だと鬼は当然のようにもはや人間じゃなくて人間の敵,っていう扱いをされてますけど,では人間は人間として生まれた後,どの時点で人間として死亡扱いになるのかと。
この点については,今の日本では三徴候説という説がとられていて,これが通説となっています。
どういう説かというと,心臓の死をもって人の死とする,という考え方で,心臓の死の判断に当たっては,自発呼吸の停止,脈の停止,瞳孔反射機能等の停止の3点をみる,というものです。
これを鬼に関して見てみると,まず鬼に心臓があるのかというところですが,これはあるようですね。鬼舞辻無惨は作中で心臓が七つ,脳が五つあるという描写がありますので,鬼も人間と同じく心臓を持っているようです。
そして鬼は,人間が死んで鬼になる,のではなく,生きている人間が無惨の血を与えられて鬼の能力を得る,という感じですよね。
煉獄さんも猗窩座に鬼にならないかと勧誘されるときに,「死んでしまうぞ杏寿郎!鬼になれ!鬼になると言え!」って言われてますし、人間から鬼になる時にも別に死ぬわけではないようです。
となると、人間から鬼になるまでのステップの中で、心臓が死ぬ場面はありませんね。
黒死牟さんが鬼になっても鬼殺隊だった時と同じように呼吸が使えてるわけなので、鬼になったら鬼の心臓になる、とかいう感じでもない気がしますし。
結論
というわけで,結論としては鬼は鬼と呼ばれているけれども、法律的には人間の扱いなので、鬼狩りは殺人罪の構成要件に該当してしまう,ということになりそうです。
まぁそうは言っても,鬼は当然のように食料として人間を殺しにきてますから,今の法制度に当てはめたとしても,鬼の被害が出始めたらすぐに鬼狩りが合法になるような制度ができたり,正当防衛で違法性阻却,となって鬼狩りは許されるんじゃないかと思います。